裸でワルサー 石本ひろゆき 2012年6月7日〜7月25日 連載。 (全8話)

第2話

蝉の音がイライラさせる。

近所の公園で僕は三脚を立てて写真を撮っている。もうかれこれ二年は続いている。
僕は飽き性なのであまり物事が長くは続かない。バンドも演劇もみな中途半端なことで終わった。
そんな中でこいつだけが今僕に残った唯一創造的な何かだった。

同じ場所で同じ時間にシャッターを切る。
標的は誰も乗らないブランコだ。

いいじゃないか。
僕の仲間はそういった。
やりつづけたらかっこいいよ。そう言った。
僕もそうだろ、かっこいいだろうと言っていたが、
実際撮ってみると別にかっこいいものでもなんでもなかった。

かっこよさを求めるのなら場所はどこでもいいというわけではないのだろう。
写すべき場所というものがある。
例えば東京の歌舞伎町だったり、大阪の新世界だったり、
人が流れ、様々な表情を見せる街はおそらくそうだろう。
でも僕はそういう街に三脚を立て一眼レフのシャッターを押す勇気がなかった。
本当に何もないただの公園を僕は言い訳のようにシャッターを押しつづけている。
それは確かにいい訳だ。
シャッターを押すという動作は創造的ではあるけれど、僕は何も創りだしてはいない。
しかもこれは『SMOKE』って映画の受け売りだ。本当に僕はカッコ悪い。
でも僕は「何者」かになりたかった。

いくつかの構図をいく枚か撮って、僕はカバンに三脚とカメラをしまいこんで、
ワルサーを取り出し標的のブランコに向かってバンバンと撃った。

蝉の音が僕の身体にまとわりついた。
走った。まとわりつく何もかもを振りほどくために、
口の中で『太陽に吠えろ』のテーマソングを口走りながら、僕は走った。
汗が噴出して蝉の音をひとつずつ剥ぎ取っていく。
忘れ去られた公園からみなが集う公園へ僕は走った。
公園の中央にある噴水にたどり着くとカバンを地面において、水の中にダイブした。

蝉の音はいつのまにか遠くへ去っていって、
ビショビショの僕は「誰か撮ってくれよ。シャッターチャンスだぜ」と誰にでもなく叫んでいた。
蝉は遠のいてくれたが僕の身体に薄皮のようにまとわりつく非現実の膜は消えてはくれなかった。

国道沿いにアメリカのロードムービーに出てくるようなカフェがあって
そこが僕たちのたまり場だった。
メロンソーダとチリドッグを頼むとマスターは「あいよ」と微笑んだ。

カフェの壁は僕たちの残骸で埋め尽くされていた。
マスターは僕たちのことが大好きで、
チラシやポスターをいやな顔ひとつしないで壁一面に貼ってくれる。
その中には僕の作品も混じっている。
柱に飾ってあるモノクロの女の乳房のポートレートは一万円で買ってもらった。

「今度いつやるんだい」
 メロンソーダとチリドッグをテーブルの上においてから、バスタオルを僕に投げる。
「なにもないブランコだけの写真なんて面白くも何ともないだろう」
「それもそうだけどな」
「だろ」
 僕はTシャツとGパンを脱いでバスタオルで身体をふいた。
「じゃあ、なんで撮ってるんだ」
 今度は白いシャツとスウェットが投げられた。
「人生のいいわけだよ」
 濡れた服をマスターに投げつけると、マスターは笑って
「おまえは自画像を描くのがいいんだよ」と言った。
「こんな平凡な顔描いたって面白くもねえ」
「平凡だからいいんじゃないのか」
「多分、どこかで自分を描くのをやめて、神様にしちゃうよ天子の羽つけて」
「で、いつやるんだい」
「知らねえよ」

部屋に帰ると女の荷物が全部なくなっていた。
広くてガランとしている。
このアトリエ兼自宅は母方から慰謝料を分捕って手に入れた。
アトリエと言ってももともとただの住居付倉庫だったので、
壁にペンキを原色のまま適当に塗りつぶし、ドアを空色に染め上げそれなりの感じにした。
僕はここで何かを作り続けた。でもそれは何かであって、作品と呼べる代物ではなかった。
東京中の画廊にそういわれた。

それでも僕はなにかを作り続けた。

ナオが時々女を紹介する。
その中で時々女が僕の下らないガラクタに『素敵』を見つける。
『素敵』を見つけた女は僕とセックスしたがる。セックスした女は同棲したがる。
そして同棲した女はすぐに僕の中に『素敵』が
ひとつもないことにやっと気がついて出ていってしまう。

女は男と違って未練がないのかもしれない。

彼女のものは跡形もなく消えた。
女が買ったものは全て、いっしょに金を出した液晶テレビも持っていかれた。
ピンクの可愛いカードに「パソコンよりテレビがないほうがましでしょ」とあった。
この部屋にはもうベッドとパソコンと
ゴミ袋に仕分けされた服たちと全く売れないなにかだけが残っていた。
CD。油絵、写真、オブジェ。その他いろいろだ。

八月十日。
女のいなくなった部屋は広くなりました。こんなに広かったのかと思うくらい何もありません。
みんな女が僕のいない間に持って帰ってしまったからです。
僕に残ったのは、僕の裸とパソコンとワルサーP38だけ。
それはそれでいいとは思いませんか。

クリック。以下の内容で作成します。よろしいですか。
はい。クリック。クリック。

携帯がなる。
兄貴からだ。

「もしもし」
「あ、おれだけど」
「いかないからな」
「オヤジが会いたがってるんだ」
「会いたくない」

携帯を切った。

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