裸でワルサー 石本ひろゆき 2012年6月7日〜7月25日 連載。 (全8話)

第8話 (最終話)

目が覚めるとナオが僕の上で腰を揺らしていた。

「鍵、あいてたから」と言い訳にもならない言葉で激しく上下運動を繰り返す。
 ナオは何度も何度も達したが僕は固いままだった。

「あんたセックスでいかないって本当だったのね」
「誰がそんなこというんだよ」
「あんたと付き合った女全員」
「しょうがねえな」
「あんたがいかないとオナニーしてるみたいだ」
「それも聞いてたんだろ」
「やってみなくちゃわかんないだろ」
「それで、どうだった」
「いわれたとおりだった」

ナオは僕のものを抜くと、シャワーを浴びに、立ち上がった。
僕は試しにワルサーP38を手にしてバアンと撃った。

ナオは「やられたあ」といってもう一度ぼくのベッドに倒れこんできた。

僕は欲情した。

ナオを後ろから強く抱きしめて僕のものを強く侵入させた。
ナオはそれに応えて僕はすぐに自分の中の何もかもを吐き出してしまった。

その日書いた自画像は薄い膜が少しへばりついた裸の男でワルサーを持って勃起していた。

8月30日
明日はいよいよ僕の個展です。
タイトルは『ブランコと猫と自画像』全然関係性が見えないでしょう。
でも僕にとってみればこれは僕の今年の夏の全てでした。
それに会場は僕の画廊だ。WEBにMAPをあげといたんで来て下さい。
初日はパーティもするんでただ酒のみたい人もどうぞ。
少し気遣う人は簡単な差し入れをください。

それと、報告です。結局僕はあれ以来、母に会いに行きませんでした。
多分僕は母を殺したかったのだろうと猫を踏んで気がついてしまったからです。
猫ですらあれだ。実の母を刺したらどうなることかわからない。
そして多分僕を刺した母もどうなってしまったかはわからない。
これでいいんだ、多分と僕は自分に言い聞かせています

確認画面。

クリック。

以下の内容で作成します。よろしいですか。

はい。クリック。クリック。

展示の準備は日が変わるまで続いた。

ナオと僕とで意見が少し、いや大きく違ったからだ。

僕は時系列に沿ってブランコと猫の写真を並べ、
自画像のコーナーは別に分類すればいいというのだが、
ナオは「そんなの面白くない」と言って聞かない。

ブランコにも表情があるから、表情にあわせて猫といっしょに展示して
合間に自画像を貼り付けるべきだという。

「あなたにはわからないでしょうけど、
 あなたの自画像と猫やブランコの写真はリンクしてるの」

展示の順番はナオに押し切られることになったが、
中央のメインのオブジェのアイディアはナオも諸手を挙げて賛成した。

朝があけて、僕は裸になった。
ワルサーP38を手にして。
画廊の真ん中の高台に僕は座った。
タイトルは『裸でワルサー』。

「時間だよ」空色のドアをあけるとマスターが「あいよ」とワインを片手にやってきた。
笑いそうになるのを必死でこらえた。
昔の友達がただ酒を飲みにやってきた。
芝居仲間も、バンドの連中もアートの連中も、みんなやってきた。
兄貴もやってきた。律儀に花束と一升瓶と寿司折をもってきた。
昔の女もやってきた。俺と別れた女はなぜか皆友達になるらしい。
僕のあそこを指差して「発射不能」と笑った。
裏できりもりしていたナオが「今は発射可能」と
でかい声をあげるから恥ずかしくてまた笑いそうになった。

「主役、なにやってんだよ」
 マスターがいう。
「俺が降りると作品がなくなるだろ」
「もうしゃべったんだから作品じゃねえよ」
「あたしやる」

ナオが裸になって僕からワルサーをうばって高台に上った。
みんなは「おお」と声を上げてナオの上向きの乳首を肴に酒を飲んだ。
俺はその間にトイレに行って、ビールを飲むと顔が赤くなるので
水で喉をいやして、兄貴の持ってきた海苔巻きを食った。

「おめでとう」
 兄貴が言った。僕も小さく「ありがとう」と言った。

「ジュンペエ!」
 ナオが俺を呼んでいる。
「あたし、飽きたあ」

おいおい、まだ十分もたってないぜ。わかったよ。
僕は彼女の脱ぎ捨てたパンツやらブラジャーやらGパンやらTシャツを投げた。
僕はまた裸になって高台に上った。

「どうせ冗談なんだから」とマスターにいわれ僕は高台の上で酒を飲んだ。
友達としゃべった。
から揚げを食った。
ビールを飲んだ。
兄貴がひとりでポツンとしているので
「あの美味しい寿司と酒を持ってきてくれたのは
 あそこでひとりで絵を見てる僕の兄ちゃんです」といったら、
みんなで兄貴のところに乾杯しにかけよった。
「あのブランコのモデルおにいさんっすよね」「ええ、まあ」とかいってんだろうな。
いつまで人見知りなんだよ。
入り口の脇の椅子でいつでも帰れる様にスタンバっている。
それじゃいつまでたっても彼女なんかできないぜって思ったら、入り口に女性が立っていた。

スカート姿だったので多分女性だ。
僕の視線に気づいてマスターが「どうぞ、どうぞ
気兼ねするところじゃありませんから」と中に誘った。

母さんだった。

「母さん!」

僕は叫んだ。でもそれだけだった。
僕は裸で高台に上がって見世物のように性器を顕にして立つ下らない男だった。

「母さん!」

僕はまた叫んだ。でもそれだけだった。
母さんは何かを「やる顔」じゃなかった。ただの老婦人だった。

「お父さんのところにお見舞いに行ったらあなたが個展をやるって聞いたから、母さんそれで」
「黙れ!」

ナオが叫んだ。

「母さんずっとあやまりたくて、でも先生や教団のみんなが」
「黙れったら、黙れえ!」

ナオの一声は僕にまとわりつくなにもかもを吹き飛ばすような力だった。

「ジュンペイ、やりたいことがあるんだろ。やれ!」

僕は一瞬何のことだかわからなかった。

「車の中でいったろ。会ったらどうすんだ」
「母さん、本当のことを教えてくれよ。どうして僕を刺したんだい」
「季節はずれのイモリが窓を這っていたの。母さんこわくなって教団に御告げを頼んだら、
 あなたに悪魔がついてるって言うの。このままじゃ不幸になるから悪魔ごと刺しなさいって」
「それで死んだらどうするんだよ」
「それでも魂は救われるって」

僕は裸でワルサーP38を母親に向けてこう叫んだ。

「ふざけるな!」

バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン。

火薬が続く限り僕は撃った。
火薬が切れてトリガーを弾いても撃鉄がカチカチとなっても僕は撃ち続けた。
母親はどうしていいかわからず「ごめんね」を繰り返していた。
ナオが「やられたあっていうんだよ!」と叫んで、僕はありったけの声で「バアン」と言った。
ナオは「やられたあ」と言って倒れた。
僕はまた「バアン」と言った。
マスターが「やられたあ」と言って倒れた。
僕はまた「バアン」と言った。
何度も何度も「バアン」と言った。
みんな「やられたあ」といって倒れた。
兄貴も「やられたあ」と言って不器用に倒れた。

「母さん、母さん、母さん」

僕は三回母さんを呼んだ。

「ごめんね」
「あやまるな。あやまるな」

僕はありったけの空気を吸い込んで、絞るように大声で叫んだ

「バアン」

母さんは「やられたあ」といった。

もう一度撃った。

「バアン」
「やられたあ」
「バアン」
「やられたあ」
「バアン」
「やられたあ」

母さんは僕に近づきながら倒れた。

僕は叫んだ。蝉が鳴いていた。うるさいほど鳴いていた。夏の終わりだった。

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