裸でワルサー 石本ひろゆき 2012年6月7日〜7月25日 連載。 (全8話)

第5話

ナオのワンボックスで僕はセブンスターを吸った。

「ねえ、ジュンペイ」
「なんだよ」
「あんたが家族に会いたがらないの何となくわかる気がする」
「そうか」
「うまくいえないけど」
「そっか」
「ねえ、ジュンペイ本当は何がしたいの」
「母さんに会って」
「会って」
「本当のことを知りたい」
「知って」
「え」
「知ってどうしたいの」
「本当のこと言って引かない」
「引かないわよ」
「殺したい」
「そりゃそうだ。殺されかけたんだもん」
「会いなよ」
「うん」
「どうするかはそれから決めなよ」
「うん」
「でも個展は開きなよ」
「なんで」
「マスターが喜ぶ」
「どこでやるんだよ」
「自分のとこでやればいいじゃないか」
「そっか」
「ところでデザート聞く?」
「今度にするわ」
「ふううん」
「あ、ちょっと寄り道していいか」

コンビニで猫缶を買うと、いつもの公園に向かった。
「ここ、公園だったの」
「回りみんな木で埋め尽くされてるから外からじゃわかんないんだよね」

空色のベンチに座って、足元に猫缶のふたを開けて置いた。

その間にカバンから三脚とカメラを出してブランコを写した。
気づいたらあの猫がいて僕は猫を撮った。
そのあいだナオは空色のベンチで空を眺めていた。

「ねえ、ブランコに乗っていい」

ナオがブランコに乗った。
僕はブランコに乗ったナオを撮った。
サーカス団の空中ブランコの乗り手のように美しい振り子だった。

「でね、デザートなんだけどね。わたしのお母さんはずっとお父さんを愛してたの。
 ゲイだってわかってからもずっとずっと愛してたの。甘い話でしょ」

チキンライスとアイスコーヒーが今日の昼飯だった。

「で、いつやるんだい」
「もうすぐさ」

僕がそういうとマスターはすごくうれしそうな顔をした。
僕はブランコと猫を撮っている。
からっぽの公園を埋めるたった二つのもの、ブランコと猫。
いいモチーフだ。
女の子みたいだけど。そう話すと、
なんだという顔で頼みもしないメロンソーダをテーブルの上に置いた。

「ジュンちゃんは自画像がいいって」
「でも、何もしないよりましだろ」
「そりゃな」
「オヤジに会ってきた」
「すごいね、それ」
「母さんにも会うべきだと思うんだ」
「やっぱり自画像描きなよ」
「そうかな」
「そうだよ」

僕はキャンバスと姿見を用意して、自画像を描き始めた。
僕は裸になって左手にワルサーを握った。
マスターが描けっていうんだ、買ってくれるかも入れない。
窓から光がさして、僕のワルサーも左手のワルサーも少しはかっこよかった。

8月10日。
女のいなくなった部屋で自画像を描き始めました。
まだデッサンも終わってないのに僕はタイトルだけは決めてあるんです。
変でしょう。でもこればっかりは譲れないのです。
タイトルは「裸でワルサー」。いいでしょう。
誰が僕のものをもってどこかに行ったとしても、
僕の裸とワルサーP38だけは絶対に僕の手の中にあると信じているからです

確認画面。クリック。
以下の内容で作成します。よろしいですか。
はい。クリック。クリック。

キャンバスに勢いよく自分を描いた。
わき腹のキズアトに手を添えてワルサーを構えた。もちろんセブンスターをくわえて。
まるでB級映画のポスターのようだった。
マスターに見せたら「へたくそ」といわれてメロンソーダをおごってくれた。

兄貴に電話した。「明日あえないか」

最近は僕が来るころには「猫」は出迎えるようになっていた。
すぐにでも猫缶を上げたい衝動を抑えて、空色のベンチに座る。
猫はおとなしく待っている。
猫缶をあけて目の前においてはじめて愛くるしい顔を見せて缶詰に顔をうずめる。
僕はその間いつものようにブランコを撮った。

僕はもう一度ブランコに乗ることにした。
ブランコに乗りながら揺れる空を撮った。
飛び降りて揺れるブランコを撮った。
ブランコにワルサーを置いた。

電話がかかった。兄貴だ。場所がわからないらしい。
線路沿いをキョロキョロしながら歩いている兄貴がいた。
三年前とは比べ物にならないくらいに太っていたけど、ひと目で兄貴だとわかった。

僕はなるべく明るい声で「おおい」と言った。兄貴はびっくりしたような顔をして僕を睨んだ。
「もっとわかり安い場所にしろ」現実の声と携帯の声がずれた。

「ここで何してんだ」
「写真を撮ってるんだ」
「写真?」
「そ、ブランコの」
「へえ」
「父さんにあったよ」
「そっか」
「知ってたの」
「父さんからきいた」
「元気みたいじゃん」
「そうでもないんだよ」
「なあ兄ちゃん」
「なんだ」
「ブランコにのってくれないか」
「あれにか」
「写真撮ってるんだ、ブランコの」

兄貴は恥ずかしそうにブランコに乗った。たち漕ぎだった。

「こがなくていいから、空をみててくれよ」

そういったら少し斜めになって、兄貴は必死にバランスをとった。
僕はいつもの位置で何枚か撮った。

「母さんの居場所知ってるんだろ」
「ああ」
「会いたいんだ」
「会ってどうするんだ」
「どうして僕を刺したのか本当のところを知りたいんだ」
「知ってどうする」
「わからない」
「そっか」
「うん」
「なあ」
「なに」
「降りていいか、ブランコ」
「いいよ」
「おれもいっしょにいく、それなら母さんに会わせてやる」
「わかった。じゃ、また連絡して」
「メシでも一緒に食おう」
「ゴメン、兄ちゃんそのまえにやることがあるんだ」

僕は兄貴の腹を殴った。

「ゴメン、十年分の鬱憤晴らしちゃった」

その日の僕は空色の絵の具だけで自分を描いてみた。
一筆書きのように。ふざけて明るくていやじゃなかった。

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